倭月愛々

五穀六感〜中目黒、鶴橋、日本、世界の方々に豊かな実りが訪れることを

倭月(wacky) on Twitter(暫定表示中)

2006年10月28日(土)

Chocolate [倭月愛々 広島]

A to Z つながりというか、mixiつながりというか、
弘前滞在中に、僕のmixiに足跡を残した古川あづさ姉。
プロフィールにあったHPにアクセスして一発でファンに。
久しぶりにwebでわくわくする感じがあった。
広島って言うのも何かの縁。
これは行かなきゃと決めていた。
お盆に広島に行ったときは定休日だったので再挑戦。
店のロケーションすごくいいところ。
こじんまりとした店。アプローチにそそられる奴らが並ぶ。
間違いなかった。
やば???い
なんと名古屋時代に北川@A to Zと知り合いだったというところから始まるこの縁。
僕の好きな店が広島に少しずつ増えていく。

Chocolate

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Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 23時51分

2004年08月11日(水)

原爆 from mobile phone [倭月愛々 広島]

8/11お盆ということで、名古屋、広島の墓参りに。

名古屋の祖母は近場の大型店がデパートという都心暮らし。87歳とは思えない元気な身体と呆けの進む頭とのギャップ、子供返りが母達には受け入れがたく僕ら孫の方がフラットに付き合えるようだ。僕らの忠告は素直に聞くが母達の言うことは聞かないということなどもあるようだし。。。

広島は駅から30分市電で行った港から高速船で30分という江田島。海軍時代から兵学校のあることで有名な島。祖父母が亡くなってから荒れていく一方の地所の手入れ。壊して更地にしてしまえばよいのだが、海賊末裔の我が家は島と海を見晴らす山の中腹で車のアクセスも難しく費用が膨大となる。行くたびに15メートル近く伸びた雑木を5,6本、竹を2,30本切り倒す。自然の生産力には呆れるしかない。

原爆の日を過ぎた広島に原爆の香りはほとんどしない。兄、父が被爆者である僕の父から原爆の話題が上ることはない。語り継がれる立場であった僕が、語り継ぐ立場になる過渡期の年齢であることに気付く。小学校の自由研究で、熱心に通った原爆資料館に絶対入ろうとしない父の気持ちが理解できなかったが、この歳になって少しわかる。僕ももうあの資料館には入る勇気がない。はだしのゲンも表紙さえ見るのいや。
でも、僕の見たこと、聞いたことは最低限でも伝えていかないといけない。間接体験でさえ強烈な痛みを感じる凄まじい体験。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 13時28分

2003年08月13日(水)

広島 [倭月愛々 広島]

早朝広島駅着。
噴水に腰掛けているとおばんが寄ってきてアイロン可愛がりながら話し込む。大阪の大国町に住んでるが広島刑務所に収監されている旦那に会いに来てるという。
物言わぬ動物を可愛がっておくと必ず恩返ししてくれるからな、大事にせにゃあかんよ。
といって、おもむろに財布取り出しエサ代だといって千円を押しつけてくる。旦那にうまいもん差し入れしてくれと丁重にお返しする。涙腺がゆるむ。
長くなりそうな話をてきとうに打ち切って駅前の市場へ。

全日空ホテルに前ノリしてる両親に合流し、裏の法華倶楽部のバイキングで朝食。薄暗くてバックパッカー宿に近いテイストあったんだけどこの夏リニューアルして全く別のホテルに。これなら女性の一人泊まりも出来るだろう。

宿からタクシーで宇品港へ。
すっかり変わったと聞いていたがあまりの変わりぶりにびっくり。
地方空港のロビーのようになっている。もちろん、10分に一便くらいの間隔で大小さまざまな船が出ているから十分にぎわっている。

いつ社名変更したのかファーストビーチなんていうリゾートな名前になった高速艇。
江田島まで30分強850円。
ダイヤ見る限りは接岸してワンタッチですぐ出航している運行スケジュールだ。
宇品でも小用港(江田島)でものんびり停泊しているのを見たことがない。
ほんと慌ただしい。
石垣島の八重山観光よりもハードなかんじかな。

一年ぶりに訪れる父の実家。
海賊(かっこよく言うと村上水軍)の末裔なので海を見晴らす山の中腹に建つ。
急な石段を登ると見えてくる玄関が僕は好きだ。
廃屋になりつつある家で玄関から繋がる眺めの良い洋間が母屋と別構造のため比較的しっかり残っているのは嬉しい。

来る度に広い農道が出来てたりして、廃れた感じの商店街とは違った趣のみかん畑。
ウチの墓所のまわりの急な山の斜面もコンクリで固められいくつもあった大木がばっさり切られて、みかん畑に連なる尾根筋に点在する墓所がとても明るく見晴らしのよいところになった。

母屋は崩れて兵学校の学生に貸していた離れを休憩所にしているが風呂もないので別に宿を取る。
今回は地続きの能美島の簡保の宿へ。
みかん畑と造船と牡蠣棚に兵学校(いまは術科学校)という資源の全てが見渡される。
平成の大合併で地続きの島が合併して江田島市になるらしい。市とはほど遠い雰囲気。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 01時10分

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