倭月愛々

五穀六感〜中目黒、鶴橋、日本、世界の方々に豊かな実りが訪れることを

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2004年03月16日(火)

挨拶回り [甲斐犬アイロン日記]

夕方の散歩ラッシュにあわせて近所に挨拶回り。
アイロンパパも元気そうになったわよって言われ苦笑い。
MAHAKALAにもちょっと寄る。

久々なので長々と立ち話。
舐めすぎて膿んでしまったので三角巾で養生してるんだって。白いから目立たない。
17歳。長生きの秘訣や老齢の犬と付き合っていく苦労などを聞かせてもらう。

西郷山公園にも挨拶回り。
ほとんどの方にはお知らせしていなかったので、また長旅に出ていたと思われていたよう。
まだ、ちょっとナーバスなのでぐるっと回って遠くから挨拶する。見た目も怪我をしているように見えないので大人になって遊ばなくなっちゃったのかと思ったと口々に。

Posted by アイロン(ailong) at 03時00分

そろそろ換毛 [甲斐犬アイロン日記]

朝の日課は暖かい陽射しで日光浴。ちょっと香ばしい薫りをさせて戻ってくると手をひと舐めして甘えてくる。
暖かくなるにつれて抜け毛が始まったようだ。

ちょっと油断すると彼女はアイロンにご馳走をくれてしまう。

Posted by アイロン(ailong) at 01時00分

2004年03月15日(月)

お帰りアイロン [倭月愛々(旧)]

この日はアイロンを迎えに
親ばかは思い立って即席の小屋を造ってみる。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 13時55分

ひさびさの中目黒 [甲斐犬アイロン日記]

3ヶ月ぶりに帰ってきたのでちょっと緊張気味。
ベランダ出たきりで戻ってこない。

それならばと、やっつけ仕事で犬小屋を作ってみる。
テーブル兼用にするので(笑)ちょっと大きめ。一歳の頃にあったダンボールの小屋以来やっと念願のホームが完成。(遅すぎ!)

ルームメイトのコエミちゃんにも再会。甘えまくり。

彼女がアイロンに会いに来る。またまたバーディーの美味しそうなおやつがお土産。ダイエットさせるので間食はほどほどに。

Posted by アイロン(ailong) at 07時00分

一月半ぶりに [甲斐犬アイロン日記]

アイロンを引き取りに実家に。
ちょうど、夕方の散歩から戻ったところ。甥っ子姪っ子たちと河原で遊んできたらしい。
この数日、川辺に降りて穴掘りに夢中。アイロン一匹がまるまる入る大穴をこさえたらしい。

しっかりとした四つ足で歩く。腰の振れもないようだ。
毛もかなり伸びてきて遠目で見るとわからない。それにしても柄は見事に戻るもんなんですねぇ。

甥っ子、姪っ子とも仲良し。姪っ子は自分の目下と思っているようだが、アイロンは自分の方が大人だと思っている感じがあって面白い。甥っ子もアイロンと呼び掛けるようになった。

階段はまだ苦手なようで、2本そろえて跳ね上がる。

家に戻ると当たり前のような顔で主の席に上がる。
それにしても、太ったなぁ。。。

食べ物を見付けると得意のおねだり顔。これを散歩中でもさんざやっては、美味しいものをゲットしていたらしい。悪い女。

Posted by アイロン(ailong) at 01時00分

2004年03月14日(日)

MAHAKALA [倭月愛々(旧)]

MAHAKALAの飲み会に誘われる。ひさびさジョンに対面
びるげ&えりちゃんついに結婚!おめでとう!!!!
このところどちらかというとハルに行くことが多いのでイカ焼きが新鮮。
近々、大阪に店を構える料理人結城さん(ex伊眞心)の話が面白い。10年もやれば料理の技術は一通り身に付く。美味しいもの出せても客を呼べなければ料理人として失格。40過ぎると料理人としての相対的な立場がお互いフラットになって年齢の上下関係なくお互いさん付けになっていくこと。料理を創る人と同じテーブルで食事をする機会が意外と少ないことに今更気が付く。
何度もあってるけどイシコくんとゆっくり話できたのはじめて。何がやりたいのか見えなかったホワイトマンの心をすこし共有できる。n次元世界、宇宙の話から0について、、、日本とか早川町とか中目黒とかというミクロな世界観にどっぷりしているのでこういうマクロな世界の話がミクロに繋がらず自分がやっていることの意義って何なんだろうって感じる。久しぶりのフレッシュ!
ネパールへのモチベーションが高まる。そして沖縄。

この日の五穀六感

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 02時00分

チーズ [倭月愛々(旧)]

早川町から戻るといつも無性に美味しいチーズが食べたくなる。
ということでランチをすぐそばのサルバトーレで。
(ほんとはサボイに行きたかったのだが休み)
キノコのピッツアに満足まんぞく。
ミラノ系のもっちりした生地うまい。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 01時00分

ひさびさのジョン [甲斐犬アイロン日記]

日曜日のMAHAKALA久々だったのでジョンにもご無沙汰。
相変わらずの甘えん坊。

ビルくん&えみちゃんも間もなく結婚なのでおめでたい。
一日店にいたジョンはお疲れ気味。
すぐ寝るモード。

Posted by アイロン(ailong) at 01時00分

サルバトーレ@上目黒でピッツア? [五穀六感(旧)]

無性にチーズを欲するのでピザを食べることに。
近場ということでサルバトーレに。
徒歩1分圏内なのにほんとうに使わない店。
(庵guriなんて真下なのに全く使わないんだけど)
ミラノピザたのしみ???って待ってると出てきたアンチパスト。
うめぇ???
ワイン頼めば良かったなんて飲めもしないのに言ってみる。


きのこのピザ。待ってましたぁ???
もっちりした生地にチーズが良く合う。
前はもっと生地がぱりっとしていた気がしたが、まぁひとまず及第点。
欲していた味覚を味わえる幸せの勝ちともいえる。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

MAHAKALAで生えいひれ、牡蠣鍋 [五穀六感(旧)]

夜はMAHAKALAで彼女の会社の人たちと飲み会。
生えいひれ、はじめて食べる。こういううまさなのね???
牡蠣の味噌鍋、チーズに山椒かける。げきうま。
紅寒梅という桃色の濁り酒に撃沈。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

ホワイトデー [五穀六感(旧)]

ホワイトデーなのでこっそりとイル・プルーのケーキを用意。
というか、僕が食べたかっただけなんだけど(笑)

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

2004年03月13日(土)

富士宮 [倭月愛々(旧)]

すっかり長居してしまった早川町を出る頃には、短い山村の日は沈んでいた。「草塩陰りの下山流れ」(草塩集落の日が沈む15時頃に船を出すと大動脈の富士川と合流する下山にちょうど泊まるのに都合良い18時頃に到着するという舟運時代の言葉)なんて覚えたての言葉を使ってみる。
で、いつものごとく40キロ余計にかかる大山街道(国道246)ルートを目指し南下。富士宮で焼きそば。今日は小粋に。
カラオケが入ったのでモニターが増えたりスピーカーがパワーアップしてたりプロジェクターなんかもあるみたい。朝霧ジャムの模様を流したりするみたいだから楽しみ。
相変わらず白焼きそばもうまぁ??

小粋で腹一杯だったんだけど、十里木峠を目指し富士山麓を上っていくと、おたふくのおいちゃんおばちゃんに遇いたくなった。
おいちゃんの言葉にいつも救われる。60まではお礼奉公みたいなもの。そのかわり定年すぎたら好きなことやらせてもらってる。それが社会に貢献できるものにするのが大切。おいちゃんちょっと言葉が走りすぎるんだけど、富士宮の名物に有機栽培の自然薯をと10年近く畑と格闘している話を聞いていると素人が農業に携わる楽しさと難しさを教えてくれる。
相変わらず奈良田の里に夫婦で毎週木曜日朝に通っているみたい。身体が悪いからこそこの湯の良さがわかるんだと、この温泉の実体験としての効能をたっぷり聞かせてもらう。
ついつい、居心地が良くて気が付くと閉店時間をとっくに過ぎている。おあちゃんが作るおたふく焼きうまい!おいちゃんの自家製キャベツも激うまい!

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 09時00分

早川町 [倭月愛々 早川町]

朝の挨拶と旅立ちの挨拶をかねて氏神様へ。
ここの参道の苔は本当に美しい。
苔を踏まないように参道脇を歩く。
学生さん(この研究所に寝泊まりしているのは一般的には学生なのであえて訂正をしない)、大根持ってきなさい。
と声がかかり、集落の下の方まで連れて行かれる。

薬袋(みない)集落は早川町でももっとも豊かな土地。そうはいっても傾斜地の段々畑にすらされていない(できない?)耕地と石だらけの土。最初はほんとうにびっくりした。冬は特に作物がないので荒涼とした感じ。見た目は砂利敷きの駐車場。
こんな土地でも美味しい野菜は出来るんです。早川町の畑は河川改修で出来た新しい土地以外はみなこんな感じです。

町でもっとも日照時間の長い土地の一つなので、もうすっかり春の装い。
梅が咲き誇り、色とりどりの花が点々と咲いています。
こういうときに植物先生がいてほしいもの。

10余人が寝泊まりしてさながら飯場だった交流センターも今日は僕一人。
パッキング、後かたづけ、掃除などをしているとあっという間に昼。6時に起床したのになぁ。
でも、暖かいので、このまま帰らず、取材でこぼしたいくつかのスポットに行ってみることに。

取材のたびに旧道を探しては歩き回っていたが、今回マイベスト3に入るとっても美しい道を発見。
思わず寝転がってうつらうつら。。
こんなところまで入ってきて何やってるんだ?
と僕が一人で盛り上がった挙げ句に寝転がっている態を見ておじさんが奥の畑から寄ってくる。
取材で回ってるんですとしどろもどろで余計に不審な僕。

茂倉という標高900メートルにある集落へ一気に400メートル近く上がる。ジャイロで荷物かなり積んでいるので15キロあたりから上にメーター上がらない。
集落の手前にあった鉱山の跡に。まだ坑口がひとつ残っていた。土にほとんど埋もれて道作りされていなかったら絶対に気付かない。
蕗の薹が取り放題。

集落でかって使われていた4つの水車小屋のうちの一つが残っているというので行ってみる。
集落のひとの話では日常的に下りていたという沢だが、崖に近い急斜面を標高にして100メートル一気に下りる。小川程度の流れでびっくり。沢は砂防されていて昔の面影はないが上流に取水口はないので流量は昔のままのはず。
水車小屋がなかなか見つからず、この崖を又登るのかと恨めしく見上げていたら、上流に構造物が。
かなり大きな水車小屋が残っていました。
70世帯で4つ。20世帯ごとに一つの需要があったというのはすごい。
というか、この沢へ日に何度も上り下りしていたということがすごい、

小屋から集落までの道は砂防ダム管理のための車道があるのだが、九十九折りの道のためにしんどい。十谷峠という1600メートルぐらいの峠を越える昔の交易道路に沿っているので蹄鉄を飾った馬頭観音があったりして面白い。この石像は墓なのか、仏なのか。漫画ちっくな愛すべきおっさんが描かれている。ナニワ金融道に出てきそうな顔が笑える。このおっさんが手にしてる鉈と思われるものが石像の横に置いてある。遠山の金さんよろしく片肌あらわだし。この人は何者だったんだろう。。。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 01時00分

小粋@富士宮 激ウマしろ焼きそば [五穀六感(旧)]

早川町帰りに恒例となった富士宮詣で
今日は久々になる小粋でやきそば。この「小粋なサラダ」ボリュームあるんだけど平らげてしまう。何度喰ってもうまいな。あられやナッツがアクセント。胡麻ドレ好きにはたまらん。


で、さいきん、家でも度々作るようになった大ヒット商品、しろ焼きそば。
この牛乳がうまいんだわな。これで全てが決まり。自分で振ってバター作るっていう作業がまた楽しい。
しかし、ひとつ悲しいことが。。。
小粋の楽しみの一つハートランドのアイスクリーム作っていた職人がやめてしまい、あの、あの、あの激うまいアイスが食べられなくなってしまった。
が?????ん

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

おたふく@富士宮 はしごしても行きたいお好み焼き屋 [五穀六感(旧)]

すでに満腹だったが、おいちゃんおばちゃんに会いに富士宮の外れのおたふくに。
ナイスグルーヴの固まりの夫婦にエネルギーもらう。
そしてこのおたふく焼きうまい。
麺がかりっと焼けていてそこにお好み焼きのゆるい生地とおいちゃんの作るむっちゃうまいキャベツが合わさってしあわせ。
激美味いというのではない。料理は愛情ということを心から感じさせてくれる素敵な店。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

2004年03月12日(金)

もう半月 [倭月愛々(旧)]

早川町に居ることに気が付く。
町内ベンチャー応援事業の報告会の手伝いから始まって2000人のホームページの取材、起稿、入稿、フィールドミュージアムのツーリズムプレスの校正、次号以降の企画会議、インターン学生が企画した死臭のする町内観光拠点(南アルプスプラザ)のリニューアル工事の手伝い。そして毎晩遅くまで呑み。スケジュールに追われて東京に居るときよりも気忙しいのはこれいかに。

途中一日だけ東京に戻ったのが良いリフレッシュになったせいかこの1週間が短く感じる。
やっと今日の午後、自由になる時間があったので、これも取材の一環なんだけども、という律令制に由来する珍しい名の集落に。裏山に土肥、佐渡と並び立っていたと言われる金山があり、その精錬場や湯治場の跡を目指す。地図で見て想像はしていたが、笊ヶ岳の昔の登山道。特にいまはマニアックな登山者か山師くらいしか使っていないようで、荒れ放題。冬なのでかろうじて道を見付けることが出来た。(何度もそびえ立つ岩壁や沢、漫画に出てくるような絶壁、ガレ場に行く手を阻まれて、そのたびに何十メートルも急な斜面を上り下りしては正しい道を探す。

80歳くらいのお年寄り達の記憶風景は山に入れた元気な頃で止まっているので、ほんとうに行けばあるのかが不安であったが、所々に、唐突に出現する人の手による石垣などの構造物や、沢沿いに鉱石か材木を下ろしていたときの架線の名残の太く錆びたワイヤーが勇気づけてくれた。

バイクだったので砂防ダムを管理する道の終点まで1キロちょっと入ることが出来たが、それでもそこから1キロ弱、高低差250メートルくらいを沢を渡り岩壁を上ってたどり着く場所。
よくもまぁこんな場所にというところに幾つもの施設跡が散在。
こんな山奥の危険なところに二階建て六間もあるりっぱな湯治場があったなんて信じられない。

しかも集落はずれの金山の精錬所のあったところに移築され今なお建物は存在する。あの山奥からこれを下ろしてくるなんて想像できない。
昔の人の価値基準や時間の流れはいつも想像を超えたところにあって面白い。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時00分

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