倭月愛々

五穀六感〜中目黒、鶴橋、日本、世界の方々に豊かな実りが訪れることを

倭月(wacky) on Twitter(暫定表示中)

2003年02月28日(金)

アイロン日記の続きは。。。。 [甲斐犬アイロン日記]

2003年2月まではこちらからどうぞ
http://ailong.nakame.org/biography/index.html

Posted by アイロン(ailong) at 20時14分

恵比寿駅前食堂 [倭月愛々(旧)]

ヨシローには色んなところで会うんだけど、店にはなかなか顔出さなくなってるので久々。(それはMAHAKALAのせいなんだよね)
でも、店の前を通るといつも混んでるから、かなりいい感じで回ってると見える。
9時に今晩のパーティーの機材を届けたらもうパンパン。魚もかなり少なくなっていて、僕が顔出す予定の1時過ぎにはもう何もなくなってるんではの勢い。

南風荘で沖縄料理の夕べを楽しみ戻ると。。。
店の前に人だかりで入れるのかよな感じ。
人だかりはカワシマエイコ@東北新社達の映像チームで寒空の下で延々井戸端会議。
しばらくするとしまおまほが回しはじめる。
すんごいイケテナイ選曲がまんま味になるキャラ。締めの米米クラブで大盛り上がり大会。

で、なぜかババ抜きで意味不明に盛り上がる。
酔っているから一戦終えるのに30分近くかかってたような。。。。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 04時10分

JOYくん [倭月愛々(旧)]

何カ月ぶりかにビーコンに顔出す。
李くん このところノリノリで面白い。
いまが旬な感じ。
こういうテンションの奴に会うと下らない話してても頭が冴えるから不思議。
いま、次クールからのJOY@P&Gの新シリーズ(もう高田純次も流石にダレダレだもんねぇ)を中島信也とやっていてほぼアガリに近い仮編見せられた。
まだ流れてないのでコメント控えますが、中島ワールドでした。出稿量多いから細かいところまで気を遣わないと頭痛くなりそう。
家庭教師のトライの新シリーズも抱えてて年末年始遊んでないんだろうなな感じ。
慎吾の現バージョンがうっとうしいだけに今度の落ち着いた感じの方が良いと思う。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 03時10分

2003年02月27日(木)

そしてMAHAKALAは [五穀六感]

改装工事は入口のステンドグラスを除き完成かと思いきや、
沖縄行ってる間に丸テーブル入っていた。
ちょっと狭くなったが、キャパは若干増えた。
今日のランチはホッケ。
久々にしゅん君のハービーにあった。
見ないうちに、すっげええでかくなった。
3匹も犬が居るメシ屋もちょっとすごいよね。
4つしかテーブル無いのに。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 05時10分

閉店 [倭月愛々(旧)]

山手通の拡幅工事で最後に残された地区となった池尻-中目黒がついに始まるようで、昨秋のそば屋からはじまりレストラン サワダ(復活するらしいけど今のところ休業中で不便)が先月閉店。グリーンハウスのあたりもいっせいに無くなってしまう模様。しゃり助(はどーでもいいんだけど)も閉店。
それとは別にバー目黒川も沖縄行ってる間に閉店。まだ、のんびりと什器の運び出しやっていて、目があっちゃったりするとなんか気まずい感じ。シンガポールナイト、トールフリーとともに10年前の中目黒ブームの看板店の閉店はまぁ誰が見てもしょーがないかな感じなんだけど寂しい。カフェ化をかたくなに拒んでしまったからね。

さらに、セブンイレブン脇の茶舗もついに閉店。わかりにくいところにあるから仕方がないが、ここもなんどかお世話になっていたので、30%引きになってる海苔をたくさん買う。おまけしてくれる。
ピンクの髪目立った野沢直子やらレンタルビデオ(現・三茶亭)の前で倒れていた木梨憲武とか雪かきのスコップが飛んでパンクした車とか、ちょっと前のおかしな住人たちの懐かしい話題で盛り上がる。

ヨハンのマンションも火事で凄いことになってたらしい。
店が無事で何より。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 03時10分

2003年02月26日(水)

[倭月愛々(旧)]

昨日は沖縄のエネルギーを持って過ごしたので、寒さをさほど感じなかったが、今朝ぐらいから猛烈に感じる。
かといって、エアコンを使う気にもなれず、ずっと布団の中に。
こんなに寒がりな理由に途中で気が付く。
ものすごい薄着なの。
春物の長袖コットンニット1枚。沖縄と同じ服。
寒いんだけど、厚着をすることを身体が拒む感じ。
軽くいたい。
もしかしたら、北国の人は東京出てきてもちょっと冷え込むと凄い厚着をするっていうことは、こういう皮膚感覚が影響してるのかなぁと思う。
10日弱居ただけで感覚に変化があるんだから。

どうにこうにも腹減ったが2時過ぎてしまい、MAHAKALAは休みなので恵比寿の一滴八銭屋に。新宿の店に2年ほど前よく通っていたが、そのときよりもぶっかけの汁が美味しくなった。東京ではこれ以上の贅沢は言えないんだけど、歯ごたえの堅さが固いと感じてしまうところが残念。彦江の堅いって言うより重いって感じる麺がこういう剛麺系では僕の好み。粉の香りもちょっと薄い。
やっとウチから徒歩30分圏内のうどん店がそれなりに充実してきた。
藤井も移転してすっかりお洒落な店になってOLいっぱいみたいな事になってる。でも、、10年前はこのうどんのレベルでも十分有り難かたく、納豆セット→ドナテローズが王道だったんだけど、いまではねぇ。。。。これほどまで流行る理由が判らない。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 00時10分

2003年02月25日(火)

帰りました [倭月愛々(旧)]

石垣の人々ありがとう。

膨大な量の写真の整理をしつつ、遡って更新していきますので暫しお待ちを。

トミーのパンのミルクパンご機嫌だぜ。
30分掛けて地元の人が買いに行くのも判る。

昼間は東京の寒さを感じなかったが夜になると堪えられなかった。
ミルクパンとまーみやのおにぎり蒲鉾だけで腹減ったがもう外出るのも嫌で布団に潜り込んで寝る。


※15日を追加更新しました。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 03時10分

2003年02月24日(月)

後田多味噌しょう油製造所 [倭月愛々 沖縄]

何日か前に川平を訪れたときにたまたま見つけ、その雰囲気から一度訪ねてみようと狙っていた後田多味噌しょう油製造所に3度目の正直(けっこう不在の時が多い)でお邪魔させて貰える。

午前中にあらかじめ電話して置いたので、よく来た
ねぇと歓迎してくださる。
シークァーサーのジュースとお茶と味噌とその味噌で漬けたパパイヤの浅漬けという盛大なもてなしに恐縮。

手前が次回造る味噌の原料米。一回で100キロほど使う。四季の穂という地元の米。
奥のプラスチック樽が後述の旦那さんがプレゼントしてくれた仕込み樽。

黒島の牛祭りでも活躍していた大鍋(名前を失念)。
祭りで使うので、字ごとあるいは集落ごとにいくつか常備しているそうです。
これを使って、米、豆、麦を煮込む。

しま醤油の仕込み樽。
麦で麹を造り、煮た大豆と塩とともに3年寝かせます。

樽から出してもろみを味見させてくださる。
いわゆる醤油の香りに加えかなり酸っぱい発酵臭が来る。
ほのかに暖かい。
飲むと酸味が強いクセのある味。
この絞り汁に昆布と鰹節を加え煮出し、寝かせるとしま醤油の出来上がり。
たまたま醤油がなかったので、近くの仲間商店で求めたが昆布と鰹を加えることでまろやかになって酸味が和らいだ感じなっていた。

後田多 保子(shiitada yasuko)さんは代々味噌造りの家だったわけではなく、味噌を造り始めたキッカケは28年前に婦人会の会長さんが集落の女性を集めて昔ながらの味噌作りを講習したことが始まりであった。
昭和50年代といえば高度成長期で石垣でも大手の味噌が幅を利かせるようになって、手作りの安全な食品が減っていることに危機感を感じて味噌造りをはじめる意を決したそうだ。

かといって、主婦であった保さんにお金があろうはずもなく、息子達の進学費用なども必要な時機に売れるかどうかも分からない味噌造りに夫は反対で金銭面での協力は一切無い。
困った保さんは公庫に融資のお願いに行くと、大手の味噌がいっぱい出てるのに今更味噌造りなんてやめた方が良いと説教される。

保さんはこれで諦めることなく、手書きでで収支見積書をきっちり作成してもう一度担当者の許へ。
それを硬い表情で読み終えた彼は、お母さんひとりでこれを作ったのか?と訊ね、よくやりましたねと労をねぎらい事業資金の融資が決まったそうだ。

今は亡き旦那さんは造園業を営んでいたので味噌造りを手伝うことは無かったが、ある日、手伝うことは出来ないけれどと言って仕込み用のポリ樽をひと揃いプレゼンとしてくれた。

その後、このような昔ながらの味噌が珍しがられ口コミで評判が広まり県商工業賞を受賞するまでになり、今では、石垣の公設市場をはじめ空港の土産物売り場でも売られるくらい石垣を代表する味噌になる。
いまは、近所のおばぁ達に手伝って貰い月に1,2度味噌の仕込みを行っている。

保さんは近くの御獄(on)のツカサ(神司のようなもの)だったが足を悪くしたので昨年秋に引退した。23歳の時にくじ引きで3回続けて負けて泣く泣くツカサになったが、年に何十日にも及ぶ勤めの傍らで出来る味噌造りに巡りあったことに感謝しているという。


石垣島の中でも川平は御獄の数が多く、余所者への立ち入りを禁じてしっかりと管理しているという印象があった。
また、集落の入口には道路脇の電柱を使って注連縄が渡してあって、宗教が今なお深く根ざしていることが伺えた。

鰹や鮪やジャコなんかに胡麻やピーナッツを加えて多めの油で炒めて最後にこの味噌を加えて作る油味噌は秀逸です。
幸せな一品。

Posted by 脇本秀史 aka 倭月(wacky) at 09時10分

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